林檎翻訳雑記帳

調達先と調達元:翻訳チェッカーについて思うこと

leave a comment »

以前、私が納品した訳文について、チェッカーから「調達先」と「調達元」が逆だというフィードバックがありました。あわてて確認したのですが、私の訳に間違いはありません。間違いなしと判断したのは、念には念を入れて辞書やWeb検索などで確認した結果です。「へんなことを言うチェッカーがいるな」と思い、それ以来、何となくモヤモヤしていたのですが、最近になってようやく事情が飲み込めてきました。

AさんがBさんから商品を購入した場合、Aさんから見るとBさんは「調達先」です。日本語で「〜先」とは、国語辞典を引けばわかるように、取引ややりとりの相手側当事者を指す言葉だからです。「調達元」はAさん自身です。商品がBさんからAさんに移動するからといって、この動きに注目して「調達先」(=商品が移動する行き先)はAさんだ、と考えるのは間違いだと思います。問題のチェッカーは、この例に当てはめると「日本語ではAさんを調達先といいます」みたいに自信たっぷりなフィードバックを寄越してきましたが……。

さて、Microsoftのサポートページ「数式とセルの関係を表示する」(https://support.office.com/ja-jp/article/数式とセルの関係を表示する-A59BEF2B-3701-46BF-8FF1-D3518771D507?ui=ja-JP&rs=ja-JP&ad=JP)には、Excelの「参照元セル」と「参照先セル」の解説があります。

• 参照元セル   は、他のセル内の数式によって参照されているセルです。たとえば、セル D10 に数式 =B5 が保持されている場合、セル B5 はセル D10 の参照元セルになります。
• 参照先セル   は、他のセルを参照する数式を保持しているセルです。たとえば、セル D10 に数式 =B5 が保持されている場合、セル D10 はセル B5 の参照先セルになります。

ここで「参照元」と「参照先」が逆になっていることにお気づきでしょうか。英語版ではこうです。

• Precedent cells     are cells that are referred to by a formula in another cell. For example, if cell D10 contains the formula =B5, cell B5 is a precedent to cell D10.
• Dependent cells     contain formulas that refer to other cells. For example, if cell D10 contains the formula =B5, cell D10 is a dependent of cell B5.

正しくは、1つ目のprecedent cellsが「参照先セル」、2つ目のdependent cellsが「参照元セル」ですね。Web検索したところ、この問題を指摘しているページもありましたが、Microsoftの訳が正しいことを前提に、強引に間違った解説をしている独習書もありました。Appleの表計算ソフトであるNumbersのヘルプでは、ざっと見た限り「参照」という言葉は使っていますが、「参照元」と「参照先」は使っていません。Googleスプレッドシートのヘルプを見ると、

ISBLANK returns FALSE if the referenced cell has any content, including spaces, the empty string (“”), and hidden characters.

の訳が、

ISBLANK 関数は、参照先のセルにスペース、空の文字列(””)、隠し文字など、何らかのコンテンツが含まれていれば TRUE を返します。

となっていますので、「参照先のセル」(the referenced cell)という言葉をMicrosoftとは逆に、正しく使っているようです(なお、この「TRUE を返します」は「FALSE を返します」の誤りです)。

問題のチェッカーは、おそらくローカライズ翻訳が専門の方と思われます。何度か書いた例のトンチンカンなチェッカーと同一人物の可能性もかなりあります。ローカライズ専門の人なら、Microsoft用語にも精通しているはずですから、「先」と「元」を逆に理解していても不思議ではありません(というか、ローカライズ案件じゃないのにローカライズ専門のチェッカーをアサインするのはやめてほしいのですが……)。

これで「調達先」と「調達元」が逆だというフィードバックの謎が解けたような気がします。


さて、そもそも翻訳チェッカー(エディター)は、ある意味、翻訳者を監督・指導する立場の人間ですから、翻訳者よりも優秀な人でないと務まりません。当たり前ですよね。

また、翻訳者は少なくとも原文の執筆者と同等の知能レベルと知識がなければなりません。そうでなければ原文の内容を理解できず、したがって正確な訳文を生成できませんから、これも当たり前のことですよね。

つまり、能力の高い順に並べると、

  1. 翻訳チェッカー(エディター)
  2. 翻訳者
  3. 原著作者

のようになるはずです。こうでなければおかしい。だって、翻訳者が原文の内容を完全に理解して訳さなければ、その訳文を読んだ読者が内容を理解できるはずはないでしょう(これは別宮貞徳先生が「欠陥翻訳時評」で繰り返し主張されていたことでもあります)。

ところで、だめな翻訳会社を見分ける方法が一つあります。こんな求人広告を出している会社です。

  翻訳チェッカー募集(翻訳者へのステップアップをお考えの方に最適な仕事です)

こういう広告を見ると、まったくわかっていない会社であることがよくわかりますね。「翻訳者へのステップアップをお考え」の駆け出しに訳文を改悪されたら、翻訳者はたまったものではありません。

でも、実際にはこうなっていないので、例のチェッカーのように翻訳者が頭を絞って考え抜いた訳を「誤訳です」とあっさり断じたばかりか、無料のオンライン辞書(しかも信頼性の低さで有名なサイト)の訳を「正しい」訳として翻訳者にフィードバックしてしまうという悲惨な現状があるわけです。理想とは裏腹に、現状は

  1. 原著作者
  2. 翻訳者
  3. 翻訳チェッカー(エディター)

の順になっていることが多いようです。つまり、翻訳者は原著作者の意図を読み切れず、チェッカーは翻訳者の工夫の跡に気づかないわけです。

とりあえず、例の自信たっぷりにデタラメなフィードバックを寄越すチェッカーについては、翻訳会社に問題点を報告し、私が担当する案件からは外すよう要求しておきましたが、この問題、本当に何とかならないものでしょうか。

広告

Written by finetune32

2016/07/27 @ 16:26

カテゴリー: 翻訳, 英語, 日本語

Tagged with , ,

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。